坂本九さんの「上を向いて歩こう」は、1961年にリリースされた名曲で、全世界から愛されている日本の歌の一つです。
アメリカで「スキヤキソング」としてビルボードランキング1位を獲得して伝説を作ったこの歌は、昭和の時代を生きた私たちにとって、特別な意味を持っています。
坂本九「上を向いて歩こう」歌詞の意味
1960年代は高度成長期で、多くの人が困難な状況に立ち向かいながらも、希望を持って前に進んでいました。
「上を向いて歩こう」は、そんな時代の中で生まれた歌であり、失意の中にある若者達を励ますために作られたもので、涙を堪えて前を向く強さと、未来への希望を歌っています。
坂本九さん特有の優しい澄んだ歌声でこの歌を聴くと、私たちは希望に満ちた未来に向かって歩み続けるエネルギーを充電させてもらっている感じがします。
「上を向いて歩こう」は、昭和という激動の時代を生きた私たちの心の支えの一つでもありました。
社会の成長が止まり、先が見えなくなってしまっている今こそ、令和の時代を生きる子供達にこの歌を聴いて、希望を持ち続けることの大切さが伝わってほしいですね。
この歌に込められた想いは、これからやってくるであろう困難の時代を生きる次の世代にも伝えたい大切なメッセージです。
シンプルでありながら深い感情と希望を伝える力を持っているのがこの歌の素晴らしいところであり、いまだに口ずさんでしまう理由ではないだろうか。
(引用元:カクヨム)
古き良き歌は時代にとらわれることなく愛され続けます。
ぜひ、子供達やそのまた子供達にも語り継がれていってほしいなあと思います。
「上を向いて歩こう」はなぜ「スキヤキ」と言われ愛されたのか
この曲は、アメリカのビルボード誌のシングルレコードチャートで、3週連続1位になったヒット曲なのですが、曲名がなぜか「SUKIYAKI」です。
もちろんすき焼きとは無縁です。
それがなぜ「SUKIYAKI」という曲名になったのでしょうか。
実は、深い意味はないようでして…命名したのはイギリスのようです。
アメリカでヒットする前に、1962年にイギリスでヒットしていました。
イギリスのレコード会社の社長が来日した際に、「上を向いて歩こう」を気に入って、帰国後にリリースすることにしましたが、何か短いタイトルにしようと考えました。
知っている日本語といえば、会食の「SUKIYAKI」と、「SAYONARA」くらいしかなく、結局「SUKIYAKI」にしたとか。
(参考:asahi-lirio)
ずいぶん簡単に偶然につけられた名前のようですが、これが世界中に広まり長く愛されるようになったのですから、何が起こるかわからないものですね。
日本語は、世界からすると難しい言語でもありますから、「SUKIYAKI」という簡単で覚えやすい言葉が逆に良かったのかもしれませんね。
坂本九さんの紹介と飛行機事故
坂本九さんは、昭和の国民的歌手・俳優・タレントです。
親しみやすい笑顔と抜群の歌唱力で、ジャンルにとらわれないエンターテイナーとして、幅広い世代から愛されました。
1941年 川崎市生まれ。
1958年 16歳で歌手デビュー。「見上げてごらん夜空の星を」「幸せなら手をたたこう」「明日があるさ」など、数々のヒット曲を世に送り出した。
1963年 「上を向いて歩こう」が「スキヤキ」として海外で大ヒット。
歌手としての活動の他、映画や舞台、司会など活動の場を広げ、国民的人気を不動のものにした。
また、福祉にも関心が高かった様子で、チャリティ活動にも熱心に取り組む。
1985年 日航機事故により帰らぬ人となる。享年43歳。
2006年から命日に川崎駅の「川崎ルフロン」にて開催されてきた追悼コンサートは、20回に達している。
現在、川崎駅東口広場に歌碑が設置され、JRの発車メロディなどに「上を向いて歩こう」が使用されている。
妻は俳優の柏木由紀子さん。
常にニコニコして笑顔を絶やさず、自然体で温かい人柄は、多くのファンや共演者に愛されました。
坂本九「上を向いて歩こう」まとめ
「上を向いて歩こう」は、
高度成長期で、多くの人が困難な状況に立ち向かいながらも、希望を持って前に進んでいた時代の中で生まれた歌であり、失意の中にある若者達を励ますために作られたもので、涙を堪えて前を向く強さと、未来への希望を歌っています。
また、「スキヤキ」という愛称で世界中から愛された歌でした。
坂本九さんの人柄が常にニコニコして笑顔を絶やさず、自然体で温かい人だったので、多くのファンに愛されたのでしょう。
不慮の事故で43歳という若さでこの世を去ってしまいましたが、この歌はこの先もずっと語り継がれるのではないでしょうか。
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