チェッカーズの4thシングル「星屑のステージ」
作詞家は、藤井フミヤの歌声を最大限に活かすため、デビュー曲のアップテンポな路線から一転、哀愁漂うバラード誕生の秘話を語りました。
「星屑のステージ」はフミヤの声を生かした名曲
チェッカーズといえば、デビュー曲からのアップテンポな曲。
4thシングルの「星屑のステージ」は、藤井フミヤの歌声が最大限に活かされた、美しいバラード色の誕生で、グループの楽曲の幅と人気はさらに広がりました。
流れとして、ここでバラードを出すことは人気を決定的なものにする狙いがあったようです。
作詞の売野さんは、「世界観として、ちあきなおみさんの『喝采』のチェッカーズ版を書いてほしいというものでした。大切な人がこの世を去ったけど、今日も私はいつものように歌う。そういうイメージを踏まえて組み立てていった感じ。」と話す。
(引用元:AERA)
大切な人が亡くなって、もう帰ってくることはないけど、ステージの上は今日も眩しくていつものように幕は開く。
もしかしたら届かないかもしれないけど、あなたが好きだった歌をあなたが座るはずだった場所に向かって歌う…
私たちが亡くなった人を思い出し、思い出や気持ちを語り合ったり、愛おしく思ったりして時間を過ごすことは、亡くなった人への供養にもなると思います。
生きていた頃のように、ああだったなあ…と思いを馳せて過ごしてみるのもいいのではないでしょうか。
チェッカーズ「星屑のステージ」歌詞の意味
この歌は子供の頃からよく知っているのですが、歌詞の意味をよく考えたことはありませんでした。
今日はしっかり見てみましょう。
「大切な人が亡くなって、もう帰ってくることはない。
ステージの上は今日も眩しくていつものように幕は開くけど、あなたが座るはずの席は暗いままで、私は孤独…
でも、大切な人を思いながら私は歌います。
届かないかもしれないけど、あなたが好きだった歌をあなたが座るはずだった場所に向かって歌う」と誓っています。
そんな内容が書かれていました。
想像すると、悲しみや切なさが湧くと同時に、なんか素敵だなあと思いました。
明るく振る舞っている人にも、やっぱり外に見せていない部分、心に抱えているものがありますよね。
どうやら、さよならも言えないまま、彼女の時間はもう永遠に止まったままになってしまったようですが、光を放ってそこに存在しているように感じています。
彼女を失った悲しみの中でも、音楽を捨てずに生きてく、歌い続けると誓っています。
きっと、彼女もその音楽が大好きだったと思います。
その音楽をやめるという選択肢はありませんよね。
音楽を続ける限り、そこに彼女の存在も感じ続けることができるのではないでしょうか。
「星屑のステージ」亡くなった人を愛おしむ曲
1980年代前半の時代に、歌謡曲で人の死を歌うことは、決してめずらいしことではなかったのですが、チェッカーズのようなトップアイドルが歌うことは極めて異例で、大きな勝負だったのではないでしょうか。
1980年代前後の日本歌謡曲界では、「死」や「究極の別れ」は、定番のテーマでした。
当時のリスナーは、歌の中に描かれる思いフィクション(映画のようなストーリー)を鑑賞し、その哀愁に浸る大人の耳と心を持っていました。
死をテーマにすること自体にタブーな雰囲気はなかったようです。
ただ、1980年代はカラオケの普及などにより、みんなで楽しく歌えるポップスが流行り出した時代です。
チェッカーズはその真ん中で、チェックのカラフルな衣装と前髪を垂らした髪型が印象的でしたし、その髪型は若者の間で結構流行りました。
あの髪型は、あの時はなんか格好良かったですよね。
当時のファンは、この曲の「死」という重い意味を深く考えることはなく、いつもと違うフミヤの切ないバラードとして、うっとりして聴いていたのかもしれません。
結果として、星屑のステージは、オリコン1位を獲得し、同年の紅白歌合戦の初出場を決めました。
チェッカーズという時代のスターが放つ「極上の切なさ」として受け入れたのでしょう。
チェッカーズ「星屑のステージ」まとめ
「星屑のステージ」は、藤井郁弥の歌声が最大限に活かされた、美しいバラード色の誕生で、グループの楽曲の幅と人気が広がるきっかけとなりました。
また、大切な彼女の死を受け入れ、乗り越えて、彼女の大好きな歌を続けていくと誓った歌でした。
この時代のアイドルが「死」について歌うことはなかなかない時代でしたが、チェッカーズという時代のスターが放つ「極上の切なさ」として受け入れたことに確信を持てる1曲でした。
昔の歌はいい歌ばかりです。
ぜひまた懐かしんで聴いていてくださいね。
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